えっ? 93歳ってホント [健康]
寒い日が続いています
昨日久しぶりにデパートへ行ってみました
9時になっても0度で、寒い一日でした
買い物に疲れてベンチでちょっと一休み
隣でおばあちゃんも一休みしていました
「寒いですねぇ」などとお話をしているうちに
おばあちゃんが「私幾つに見えますか?」って
見たところ80代前半
でも、いくつになっても女性は女性
「80ちょっと前くらいですか?」
「あたしね、93歳なの」
買い物カートを押して、一人でお買い物
しかもちょっと離れた住宅地からタクシーで来たそうで・・・・
デパートでお買い物をしたいというその心意気
足元を見たら普通の靴に素足
「靴下はいてなくて寒くないんですか?」
「靴下は一年中はかないの 寒くなんかないのよ
ほら 足が暑くて汗かいてるの」って
「ひぇー」私は防寒ブーツにタイツはいてるのに
「それじゃお先に失礼します」と言って
少し前かがみの身体をカートにゆだねながら
ゆっくりと帰って行きました
真冬に素足は真似できないけれど
また一人、理想の人が増えました
素晴らしい先輩に出会えたことに感謝です
先週の土曜日に姪が結婚式を挙げました
暗い出来事が多い毎日ですが
久しぶりに嬉しくて楽しいひと時でした
若いカップルが幸せに、そして未来に希望が持てる社会になりますように
歌って、歌って、踊って・・・・
昨日はボランティアで参加している組織の新年会でした
ご縁があって出会った方がほとんどで
職業も立場もいろいろだけど、同年代ということだけが共通です
2次会はもちろんカラオケ
みんな芸達者なのでそれはもう途切れることなく歌って、踊って・・・
私は誰もが認める「芸ノー人」 おまけに飲めないし
でも最初からお開きになるまで涙が出るほど笑って、少し歌って、ちょっと踊って
気がつけば午前1時半 キャー大変(*_*)
家に着いたのが2時を少し回って
こっそり忍び足で寝静まっている家の中へ
「あ~誰にも気づかれないでよかった」ホッ(^^ゞ
こんなに遅くなって帰ったのは10年ぶりくらい
誰にも気づかれなかったのだから、
もちろん朝はいつも通りに起きて朝食の準備
そのあとも何事もなかったようにいつも通り
でも午後からはさすがに眠かった
お昼食べたらバタンキュー
んーどこかで携帯の着信音なってるなー
目を開けたら午後4時
もう3時間以上もお昼寝しちゃった(-_-;)
熟睡していた私を夫が起こしてくれた着信音でした
昨日のことを話したら
「大地震が来たり、原発がどうかしたら、歌も歌えなくなるから
歌えるうちに歌っておきなよ」って言ってくれました
メンバーの中には
原発の地元大熊町から避難してきた方もいます
歌っても、踊っても、大笑いしても
心の底はどうしようもない悲しさ・涙・悔しさ・・・・・・
でもひと時何もかも忘れて歌えたこと、笑えたことで
みんな少し元気を取り戻せたような気がします
失ったものはものすごく多いけど
だからこそ分かったこともたくさんあります
でも、私の心は怒りでいっぱいです
どうして国は正確な情報を迅速に伝えたなっかたのでしょうか
伝えていてくれれば被爆しないですんだ人が大勢いたのに
「直ちには影響がない」なんて、無責任なことをどうして堂々と言ったのでしょうか
どうしてこう多くの関係者が東電からお金をもらっているのでしょうか
歩く郵便ポストさん
今年も残り少なくなってきました
この時期になると気になるのは年賀状作成
仕事を辞めて3年目
今年は余裕で完成しました
こんなことは長ーい人生で初めてです
さっそく郵便局へ
でも、今日はあいにくの吹雪 おまけにとっても寒くて
さらに郵便局の駐車場は満車
どうしようと思っていたら
「年賀状入れ」と書いてある袋を持った男の子が近づいてきました
窓を少し開けて「もしかしたら 歩く郵便ポストさん?」って聞いたら
「ハイそうです どうぞ投函してください」って
「やったー なんて親切なんでしょう 最近の郵政公社は」
車から出ることもなく投函できて、とっても嬉しくなりました
そのまま裏口へ行ったら、そこにも「歩く郵便ポストさん」が雪まみれになりながら
じっと立っていました。
便利になった陰には、雪の中じっと立って投函する人を待ち続けている
アルバイトの高校生がいるんですね
ありがとう 風邪ひかないでね
何かをしなくては・・・・・・
3月の原発事故について政府は収束宣言を出しましたが
今も続く放射能汚染と被曝により、深刻な状況は変わりません
避難を余儀なくされた子供たち
自主避難をした子供たち
地元に残っていても様々な不安を抱える子供たち
傷ついている子供たちの心を思うと、居ても立ってもいられません
この未曽有の事故に直面して、私も何かをしなくては・・・・と思っていました
そんな時に、被災した若者や子供たちを支援する組織を友人たちが立ち上げ
一緒に活動してみないかと私に声をかけてくれました
はじめての活動で不安もありましたが
今私にできる精一杯のことをやってみようと思い、参加しました
それが 「たまきはる福島基金」 です
たくさんの人の気持ちに支えられて歩きだしました
子供たちを長く見守り支えていきたいと思っています
スイスの子供たちが復興支援のメッセージソングを日本語で歌い届けてくれました
そして様々なご縁がつながり、昨日この歌を作詞された松野啓太さんがご夫妻で
福島においでになり、子供たちと一緒に歌って下さいました
松野さんは世界中で活躍されているLA在住のギタリストで
日本でのコンサートツアーを終え、帰国前日のお忙しい中でした。
はじめは緊張していた子供たちも
飾らない優しいお人柄の松野さんにすっかり打ち解けて
最後は松野さんの生演奏で素晴らしい歌声を響かせてくれました
この子供たちの友人にも
震災の日体育館に避難し、直後の津波のためにそのまま福島市まで
着のみ着のままで避難してきた子供が数人いるそうです
一見何事もないように明るい子供たちも、厳しい現実を受け止め
心には深い傷を負っています
ともすると内向きになりがちな子供たちが
この歌を聞いて、そして歌うことで
遠いスイスからの優しい温かい気持ちを受けとめ
少しでも明るく、そして未来に希望を持ってほしいと願っています
今回の活動にメンバーとして携わり
このことがどんな役に立ったのだろうかと
自問自答しながらも
何かを始めなければ、何も生まれない、何も進まない
小さなことでもできることから始めよう
そう思っています
カルチャーセンターで歌う
1年ほど前から、カルチャーセンターで歌っています。
どんな曲かというと「抒情歌」
昔、音楽の授業で歌った懐かしい曲や外国民謡
もちろん最近の曲も歌います
先生は笑顔が優しく、よく褒めてくださいます
「合唱のサークルじゃないので、他の人と合わせることはないから
大きい声で自由に歌って下さいね」
ピアノ伴奏をしながら、先生も一緒に歌ってくれます
先生の声量は素晴らしく、私たち生徒が全員歌っても先生一人の声にかないません
先生の歌声がまるで自分の声のように聞こえて、私もいい気分で歌えます
ストレッチのあとにボイストレーニング
「アアアアアー」って思いきり大きい声を出すとすごくすっきり
私は顎関節症気味なので「ア」は遠慮して「イ」から参加
頭のてっぺんから声を出すように
額から抜けるように声を出して・・・・って言われても
未だその極意はつかめません
前半は先生が選んだ曲を、
後半は今まで教わった曲の中からリクエストして歌います
今日は「故郷を離るる歌」のリクエストがあって歌っていたら
急にすすり泣く声が・・・・
みんな歌が止まり静かになってしまいました
先生が
「みどりさんの娘さんが子供を連れて関西へ避難されていったばかりなの」
みどりさんが
「そうなの、娘が孫を連れて自主避難していったの 急に悲しくなってごめんなさい」
と、涙を拭いて 何度拭いても涙は止まらなくて
それでも気を取り直して、歌いました
歌っているうちに私も楽譜が見えなくなってきました
夕日は落ちてたそがれたり さらば故郷 さらば故郷・・・・
若いお母さんは誰もがわが子の健康、将来を心配し、心を痛めています
一人、また一人と自主避難していく現実と向き合いながら
避難するのか残るのか
苦渋の選択を迫られる苦しさと、
どちらを選択しても根本的には何も解決しない無力感
3月11日以来 ブログの更新は滞りがち
何を書いても最後は原発事故のことを書いてしまい、つらくなります
日々の生活の中ではもちろん楽しいこと、
うれしいことはたくさんあります
でも、幼子を持つ家族の様々な葛藤や別れを目の当たりにして
今迄のようにそんなことを綴る気にはなれないのです
洪水や山崩れ、地震や噴火 など自然災害とは全く違う
原発事故被害による出来事を
私の体験した範囲で
ありのままにブログに載せることも
今は大事なのかもしれないと思い
また書き始めることにしました
近隣の県には自主避難のためのアパートなどはすでになく
親戚や知人もいない遠く関西へ
幼子を連れて自主避難したみどりさんの娘さん
元気で頑張ってほしい
一日も早く戻れる日が来ますように
庭の様子は秋が深まり少しさびしくなってきました
でも、ダリアは大きく華やかに
ツワブキは日陰でひっそりと



いつの間にか夏になっていました [雑感]
3月11日の震災以来
春が来たことも
春が過ぎたことも
気付かないまま
梅雨になり
毎日30度を超す暑い夏になっていました。
晴れた日に布団を干すこと
青空の下、洗濯物を干すこと
窓を全開にして爽やかな風を感じること
思いっきり深呼吸すること
風景を楽しみながらのんびり散歩すること
家で採れた新鮮な野菜を食べること
外で遊ぶ子供の元気な声が聞こえること
なんでもない日常の当たり前のことが
遠い夢になってしまいました
いつになったら夢ではなくなるのか
見当もつきません
誰とおしゃべりしても
原発事故は、放射線量は、
内部被ばくは、外部被ばくは・・・・・
でも、空も、川も、山も、庭の花も
周りの風景は何一つ変わっていません
この厳しい現実が嘘のような
平和でのんびりとした町です
幼いお子さんを持つお母さんの心配は
もう極限状態で
仕事があるお父さんを残して
母子で避難している話をあちこちで耳にします
我が家の畑も春先に種を蒔いたり、苗を植えたり
準備万端だったけど
畑の土も汚染されているということで
ほとんど撤去してしまいました
おじいちゃんには気の毒でした
でも農作業だけが趣味なので
今はキューリやナス、大根、オクラを収穫してきます
私は内部被ばくが気になるので
安全が確認されたものだけを調理します
ナスとオクラはまだ未検査のようで、情報がないので
勝手口の籠の中で、いつまでも使ってもらえないまま
乾燥していきます
せっかく収穫したのに申し訳なくて処分できずにいると
最後は見かねたおじいちゃんが処分します
悲しいですね
おばあちゃんは庭できれいに咲いた花を
仏壇に供えたり
玄関に飾ったり していたのですが
原発事故以来、庭の花持ち込み禁止となり
がっかりしています
それでも、こっそり自分の部屋に飾ってあります
80歳も過ぎているので、自分の部屋に限り黙認です
とまあ 今までは考えられないような毎日です
でも元気に、それなりに楽しくしています
アヤメの季節になりました
アマリリス ピンクが増えました
赤は今年も元気です
春にはいつも通りたくさんの花が咲きました
マスクをしながら庭に出て写真に撮りましたが
ブログを書く気持ちになれませんでした
来年は 来年こそは 来年になったら・・・・
あとに続く言葉が見つかりません
そんな生易しいことではありません
三か月たったのに・・・・・・0(>_<)0
震災から三か月が過ぎました
4月になったら収まるかしら
いえいえ収まるどころではありません
5月になったら外を散歩できるかなあ
いえいえ散歩どころではありません
6月になったら・・・・
いろんな事が発表されかえって落ち込んでいます
この先どうなるなるのかしら
人間の緊張感 恐怖感 はそう長く続かないのですね
毎日の放射線量の数値もそう変化しなくなり
それが日常のようになってきました
怖いものです
そうなるのを待っていたかのように
メルトダウン メルトスルー ストロンチウム
と 驚くような いえいえ最初からわかっていた現実を
小出しに発表する東電と政府
「命を守りたい」と国会で何度も叫んだのはどこの党だったのでしょうか
このブログは、日常のささやかな出来事やきれいな花のことを綴り
政治のことなどは書こうとは思っていませんでした。
けれど、この原発事故の対応を見ていると
わいてくるのは悲しみ、怒り、絶望
年間の積算放射線量20ミリシーベルト以上は計画的避難地域になるというのに
当初政府は、「福島県内の学校で校庭を使用する放射線量基準を
暫定的に年間20ミリシーベルト以下」とおっしゃった。
4月末には「校庭や園庭の放射線量が1時間当たり3.8マイクロシーベルトを超えた
保育園、幼稚園、小中学校については、校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にする」
そうすると3.7マイクロシーベルトなら自由に校庭で活動しても良いということでしょうか
こんなありえないことを平気で口にする政府をどうして信じられるでしょうか
3.7マイクロシーベルトの校庭の土と、これを算定した方のお庭の土を
取り換えたいと思いました。
猛烈な抗議を受けてあわてて訂正するお粗末な政府
この暑い中、長そで 長ズボン マスクの小学生
教室の窓を閉めたまま 育ち盛りの子供たちは授業を受けています
校庭で運動する子供の姿はなく
公園で遊ぶ幼い子供もいません
政争に明け暮れる国会議員の皆さんに
この現実を見てほしいものです
「直ちに健康に影響はない」ということは
いつかはあるという意味なのでしょうか
放射線は形もなく 色もなく 臭いもなく
周囲の景観は何ひとつ変わりません
どこが危険で、どこが安全なのかさっぱり分からず
おまけにその影響が健康被害になって
あらわれてくるのが20年、30年後
幼い子ほど影響が大きいこと
それがこの災害の一番怖いこと
空気 水 土壌 そこにあるあらゆるものが汚染され
降ってきた放射性物質がある限り、放射線は出続けます
今もなお 危機的状況にある原発
そこで作業されている皆さんには
心から感謝しています。
地震、津波、原発事故
多くの人々が苦しんでいます
この危機を乗り越えるまで「国民を守る」
国会議員の皆さんが目指すところを一つにして
協力してほしいと切に願っています
無理だねきっと
もうすぐ2か月 [雑感]
大震災からもうすぐ2か月が過ぎようとしています。
私の住む地域は内陸部のために、地震の被害は軽微で
津波の被害はありませんでした。
けれどもう一つの災害、思いもかけない原発事故
同じ県内にあるとはいえ、山脈に隔てられ、
60㎞以上離れている場所なので
原発事故に対する備えなど考えてもいませんでした。
色もなく、臭いもなく、形もない放射線に脅え
毎日公表される数値に神経をとがらせ
インターネットに載っている年間積算被曝量のマップから
自分の住んでいる場所の様子を推察し
できることはただそれだけで、
他には、せいぜいマスクをして
不要な外出を控えることぐらい
「大丈夫、大丈夫」という声はむなしく聞こえ
「直ちには・・・・・」ってはいつのことやら
何が正しい情報なのでしょうか
分からなくなってきます
地震や津波はまさに天災
人間の力の及ばない自然のなせること
でも、原発は人間が作ったもの
科学の力を過信しすぎ
自然の力を軽視して
原発が暴走したときには
人間の力など無力に等しく
海を汚し、空を汚し、土を汚し
人間ばかりではなく
魚も、動物たちも、鳥も、花も、野菜も
ありとあらゆるものが危険にさらされます
便利さや豊かさの代償が
これほど大きいとは・・・・・
全国にある原発地域が
このようなことにならないように
いつか原発に頼らなくても良くなりますように
もっと豊かに、もっと便利と願うより
安心して安全に暮らせることがどんなに幸せなことか
今回の事故でみんなが気付いてくれますように
事故以来、現場で処理にあたってくださっている
皆様に心から感謝しています
庭の水仙
よく見ると色も形もいろいろあって
今年も美しく和ませてくれました












これで全部かなあ もしかしたら見逃しているかも
これは今年のニューェイス 花桃
震災にあった年に植えたことをきっと忘れないでしょう
椿も大輪の花を咲かせました

これは「3寸あやめ」だそうです

可憐な花もいいですね

心配もたくさんあるけど、元気です
東北関東大震災
3月 11 日午後2 時 46 分
いつも通り スーパーで買い物をしての帰り道
突然カーラジオから緊急地震速報
「最近地震多いからね」と思いながら
念のため路肩に駐車
ほどなく グラグラ
縦揺れでもなく、横揺れでもなく
今まで体験したことのないような揺れ方
何か巨大な力で車ごと大きく揺すられる
時間が経つにつれて揺れが大きくなる
早くおさまって なすすべはない
車から出て逃げ出したい衝動を抑えるのがやっと
少しおさまったかと思うと
前よりもっと大きな揺れが起こる
今にも地面が割れて飲み込まれていきそうな恐怖
これが何回繰り返されたでしょうか
家まではもう少しの場所だったので
おさまった時間にやっと家に着きました
家では義両親が頭に座布団をかぶって
外で右往左往
無事を確認して一安心もつかの間
何度も襲ってくる震度5の余震
とても家には入れません
あいにく雪も降ってきて吹雪が吹きつけてきます
取りえず車の中に全員避難
ヒーターをつけて過ごしました
家の中をのぞくと
花瓶が倒れたり、食器が落ちて割れたりはしていましたが
幸い家具の転倒やガラスの破損がなかったので
夫と二人家に入り危険のない程度に片付けました
すでに停電、断水
夕ご飯はどうしたら 明日の朝食は・・・
電気つかないので暗くなる前に眠る準備をしないと
いろんな事が頭の中を駆け巡りましたが
いつでも避難できるようにリュックに必要なものを詰めて
一人づつ懐中電灯を持って
今日はとりあえずあるものを食べて眠るだけにしましょう
震源地はどこなのか
震度は 被害は
情報はラジオからだけ
頻繁に出る緊急地震速報におびえながら
2階は危険なので
1階のリビングに布団を敷きました
一晩中続く余震でほとんど眠れない夜を過ごし
夜があけたときにはホットしました
あれから4日が経ちました
断水は続いていますが、電気が来たので
生活は不自由ながら元に戻りつつあります
パソコンが使えるようになったら
ブログに3日間どんなふうに過ごしたのか
書こうと思っていました
でも、電気が来て3日ぶりにテレビを見て
ラジオを聞いていて予想はしていたのですが
想像を超える海岸地域の惨状の映像を見て
言葉を失うほど衝撃を受けました。
あの地域で被災された方を思うと
自分のことなどとても書けません
ひっきりなしに頭上を行きかうヘリコプターの音
少なくなったとはいえ時折襲ってくる余震
そして、原子力発電所での事故
浜通り地方には友人、知人が大勢います
みんなどうしているのでしょうか
無事でいるのでしょうか
命を落とされた方のご冥福をお祈りいたします
助けを待っている方が一刻も早く救出されますように
避難された方に救援物資が十分に行きわたり
少しでも良い生活ができますように
今はそれを祈るだけです






